七夕の伝説


ピンポーン

インターホンを鳴らすとすぐにふくよかな体型の前田家母が、エプロンで手を拭きながら出て来た。


「おばさん、こんばんは」

「あら、菜那ちゃん、いらっしゃい。どうしたの、突然。またケーキでも焼いて来てくれたの?」


父と私の体を気遣ってくれていた母の影響でお菓子作りが趣味になっている私はたまに作ったものを持って来たりする。

今日もそれだと思ったようだけれど、今日のケーキは手作りではない。


「あら。これ。有名なケーキ屋さんのよね?いいの?」


箱ごと持って来て正解だった。


「半分ですけど」

「いいの、いいの。嬉しいわ」


甘いもの、それも有名店のケーキが大好物なおばさんは私の手から奪い取るようにして箱を受け取った。


「意地きたねーな」


それを目にして苦言を吐いたのはひとり息子の昴。

小学校の時しか同じ校舎に通っていないけれど、互いの状況はお隣さんとあって、よく知っている。

私にとって唯一関わりのある同年代、正確にはふたつ歳上の異性だ。

ここ1年の間でぐんと伸びた身長に、垢抜けた感じの茶髪、着崩した制服と派手なピアス。

そんな見た目のせいで一見、やんちゃに見えるけれど、心優しい昴は4年前、私が入院してから、顔を合わせる度に体を気遣う言葉を掛けてくれる。