七夕の伝説


「皆さーん!」


メガホンを使ったような、大きな声に、礼儀正しいファンはすぐに口を噤み、場は静かになった。

それから芦屋さんの控えめな声が聞こえてきた。


「今日は雨の中、来てくれてありがとうございます。傘がぶつかると危ないので十分、注意してください。あと、当日券ですが、ホームページに記載した通り、今回は用意していません。空席もありません」

「えぇー…」


心底残念そうな声が響く中、この列は空席狙いの列だったのだと知った。

でも、ファンは承知していたようですぐに声は止んだ。

それを待っていたかのように、また芦屋さんが謝罪の言葉を口にする。


「せっかく来ていただいたのに、すみません。ですが、ここに来てくれた、移植医療に関心のある方々にお願いがあります。もしお時間があって、体調が良ければ献血を受けて行って欲しいのです」


芦屋さんに会いたいだけで来たファンにしてみたら、少し痛いところを突かれたに違いない。

でも、芦屋さんは真面目に話を続ける。


「男性は17歳から。女性は18歳から。体重50キロ以上の方は400mlの献血が受けられます。強制ではなく任意ですが、献血を必要としている人のために、と思う方がひとりでも多くいらっしゃったら嬉しいです。会場左手に献血車、それと駅前に献血ルームがありますので、この機会に一度考えてみてください。よろしくお願いします」


丁寧な言葉に考えさせられた人は多いようで、人の動きがチラホラと見受けられた。


「すごいなー」


芦屋さんの言葉が人を動かしたのだ。

その力を目の当たりにして、血を提供することすら出来ない私は、いったいなにが出来るのかと考えさせられる。


「見つかるかな」


講演の中にヒントになるものが見つかればいいな。

そんなことを思いつつ、ようやくたどり着いた受付で、越水さんから連絡をもらって来たことを伝えた。


「お名前は?」

「如月菜那です」


名乗ると受付の方はインカムのようなものに小声で囁き、それから間もなく、私を見て頷いた。


「席は自由なのでどうぞ」


確認を終えた受付の男性に微笑まれて、ほっと胸をなでおろす。

なんだかんだで、チケットを持っていないことが心配だったのだ。


「ありがとうございます」


受付の方に会釈し、お礼を伝えてから、会場に足を踏み入れた。