「やりたいこともたくさんあったし」
「例えば?」
聞かれて指折り数える。
「旅行、美味しいものを食べる、スポーツ、友達とカラオケ、ショッピング。あとは恋愛、結婚。デートなんてものもしてみたかったです。恋愛や結婚はもう諦めましたけど」
「どうして?あ、だからさっき、『惹かれてはいけない』って言ったの?でもそれ、もったいないなくない?移植を受けて元気になったのなら普通に恋愛したっていいと思うよ?」
芦屋さんの言葉を聞いて、彼自身は恋愛や結婚を諦めていないのだと思った。
今日も恋人と七夕のお祭りにでも来たのかもしれない。
だとしたら私とおしゃべりなんてしていていいのだろうか。
それが気になって辺りをキョロキョロ見回していると、芦屋さんは私に答える気がないと思ったようで、また別の質問を口にした。
「今度講演会があるんだ。その時に家族のことについての話があるんだけど、その参考としてもうひとつだけ聞かせて。きみはお母さんから臓器をもらうことを自分自身で希望したの?親の体を傷つけるくらいなら移植を放棄するって気持ちにはならなかった?」
「初めは拒否しました」
母から腎臓移植を受けたのは4年前。
物心ついた年齢だったから、母の体に傷を付け、臓器をもらうことが申し訳なくて同意出来なかった。
でも、小児期に腎不全に陥った場合、成長発育に重大な障害を残すやすく、さらに貴重な時間を透析に費やすため、精神的な障害が出てしまう。
それを避けるために、腎臓機能が低下した小児に対しては透析を行う前に腎移植を行うことが多くなっていると説得されて気持ちが揺らいだ。
「それと、言われたんです。『お母さんは医者じゃないけどあなたを助けられる。とても嬉しいことだわ。それにね、生き死にの順番だけは間違えちゃいけないのよ』って」
後半部分が、当時はよく理解出来なかった。
術後、目を覚ましたとき、隣のベッドで酸素マスクを付けて寝ている母を見て、寿命が延びた喜びよりも、親を傷つけ、痛みを背負わせてしまったことに申し訳なさでいっぱいで、私の命よりも母の命を大事にして欲しいと強く思ったほどだから。
「気付けたのは、お母さんが亡くなられたから?」
合いの手を入れられて、小さく頷いてから続ける。
「子供に先立たれた親の悲しみと辛さは計り知れません」


