案内された病室にいたのは、芦屋さんの寝顔をもう少し細っそりとさせた男性だった。


「弟の絢だよ」

「弟?」


予想していなかった人物に戸惑いを隠せない。

父の話を聞く分では、死期の近い人物は芦屋さんの将来を案じる立場にある人だと思っていたから。

それが弟さんでは、想像していた仮説が根底から覆される。

頭の中が真っ白で、無心で目の前にいる芦屋さんの弟さんを見ていると、ふと、自転車の話を思い出した。


「もしかして自転車の事故……」


そう呟くと、芦屋さんは眉根を寄せて切なく微笑み、小さく頷いた。

それから弟さんのそばへ歩み寄り、話しかけ始めた。


「絢。俺の婚約者の菜那だよ」


芦屋さんは入り口で棒立ち状態の私を振り返り、手招きする。


「菜那。こっちに来てくれる?」


言われるがまま、ベッドに近寄ると、芦屋さんは弟さんに笑顔を見せた。


「可愛い子だろ?羨ましいだろ」


楽しそうに話す芦屋さんだけれど、反応は返ってこない。


「寝たまま、なんですね?」


機械的な呼吸。

機械に繋がれた体。

部屋に入った時から違和感には気付いていた。

あえて触れると、芦屋さんは弟さんの顔に触れ、優しく撫でながら教えてくれた。


「脳死状態なんだ。自転車事故が原因で。1ヶ月前に告知を受けた」

「1ヶ月前?あれ?脳死の告知からかなりの日数が経過していますけど、たしか、脳死って判定されると1週間ほどで心停止するんですよね?」