七夕の伝説


「菜那」


今まで父が座っていたベッドサイドに芦屋さんが腰を下ろし、私を見て名前を呼んだ。


「こんなに腫れるまで泣いたんだな。つらかったな」


優しく労わるような芦屋さんの声が胸を締め付ける。


「ありがとうございます」


腫れた目で芦屋さんと対面するのは気が引けたけれど、真っ直ぐに見つめお礼を伝えると芦屋さんは優しく微笑んだ。


「菜那の再発と家族のことがきっかけになっちゃったけど、俺は本気で菜那と結婚したいって思っているから。年齢とか、出会った日数とか、そんなの関係なく。俺は菜那が好きだよ」

「ありがとうございます」


表に出ている目だけで笑うと、芦屋さんはホッとしたように表情を和らげた。


「あー良かった。俺、絶対断られると思っていたんだ。このタイミングだし、菜那は元々結婚しないって言っていたから」


その通りだ。

結婚はしない。

でも、私に出来ることはすると言った約束は守る。


「ただ、すみません。忙しいとは思うんですけど式場とかは芦屋さんが決めてください」

「そうだね。その方がいいね。菜那の体調に合わせて準備は進めるよ」


芦屋さんは柔らかく笑ってそう言うと、思い出したように羽織っていたジャケットの内ポケットから小さな箱を取り出した。


「これ。サイズ合うと思うんだけど」


受け取り、箱を開けると中から眩ばかりの光を放つダイヤモンドが散りばめられた指輪が入っていた。


「綺麗」

「婚約指輪だよ。奮発した。少し早いけどクリスマスプレゼントも兼ねているから」


ニカッと綺麗な歯を出して笑った芦屋さんは、私の手から箱を受け取り、指輪を取り出すと、左手薬指に指輪をはめた。


「絶対に菜那のこと助けてやるからな」

「え?」