「昴くんにもこの話はしてあるよ。納得もしてくれた。『菜那が生きてさえくれたらそれでいい』って昴くんからの伝言だ」
あぁ。
昴の真っ直ぐな優しさが胸に広がる。
昴のことを好きになれていたならどれだけ良かっただろうと何度思わされたことか。
「昴が望んでくれるなら」
高校生同士、しかも出会って間もない相手との結婚なんて現実的ではないけれど、芦屋さんのご家族に結婚した姿を、父には花嫁姿を、そして芦屋さんは感謝を伝えられる。
もう私の命はないに等しいものだし、役に立つのならこれ以上のことはないだろう。
『私に出来ること』をやる。
ただ、未来のある芦屋さんと本当の結婚はしない。
深呼吸してから扉越しの芦屋さんに向けて言う。
「私、結婚します。でも結婚式は模擬的に」
強くはっきりと答えた。
それなのに、父が横から口を挟んできた。
「菜那。なにか勘違いしてないか?模擬的ってなんだ?芦屋くんは本気だぞ?本気で菜那を想ってくれている。だから昴くんには申し訳ないけど、お父さんは芦屋くんに菜那を託すことに決めたんだ」
「うん。分かっている」
父はつい先ほど言っていた。
『自殺でもされたらたまらない』と。
芦屋さんが見つけてくれた私が生きる意味に父も縋りつきたいのだ。
「お父さん。ごめんね。私は大丈夫。でも色々考えなくちゃいけないことがあるよね。学校のこととか、治療のこととか、生活スタイルとか?だから少しだけ芦屋さんと話してもいい?」
「あぁ。そうだな。ただ、もし顔を気にしているならこれ、使いなさい」
心優しい父は、使い捨てのマスクを手渡してくれた。
さすがに腫れた目は隠せないけれど、父の好意をありがたく受け取り、マスクを付ける。
それを見届けた父は立ち上がり、芦屋さんを部屋に迎い入れ、自身は部屋を後にした。


