「菜那。そんなに顔、変わらないよ。いつも通り可愛い顔だ」
私の顔を見た父はそう言って眉根を寄せて微笑んだ。
でも、顔を見せなかった理由はそういうことではない。
首を横に振ると父は肩を竦ませてから、私の視界に入るように布団の上に一枚の紙を置いた。
「彼が持って来てくれたのはこれだよ」
半分に折れている紙。
手紙か何かだろうか。
ゆっくり開いてみると、その中身に驚いて、言葉を失った。
見かねた父が扉の向こうにいるであろう芦屋さんに話しかけた。
「ご両親からの承諾を得てきてくれたんだね」
「はい。両親は早く菜那さんに会いたいって言ってくれています」
なに?
いったい、なんの話をしているの?
ふたりの会話を混乱する頭で考え、手元にある婚姻届に目を落とし、証人の欄を探す。
右ページに大きく書かれた文字は、芦屋さんのご両親と思われる芦屋姓の署名が記されていたものだった。
「どうして…?昴とのやり取り、聞いてなかったわけじゃないですよね?」
嫌な言い方になってしまったけれど、言わずにいられなかった。
だって私が昴のプロポーズを断ったのはふたりともが知っていることなのに、その上で、翌日に結婚の話をしているのだから。
非常識にもほどがある。
「昴に対して失礼だよ」
父と芦屋さんのふたりに向けた言葉は怒りで震えてしまった。
でも、そのくらい、頭にきていた。
感情のまま、言葉をぶつける。


