「なんでここに芦屋さんがいるの?お父さん、昨日、芦屋さんに話したんじゃないの?別れて、って」
「聞いていたのか?まあ、たしかにそういう話しはしたが」
父は困惑した表情で肯定すると、芦屋さんに先に部屋に入るよう促した。
「ダメっ、入らないでっ!」
頭で考えるよりも先に声が出た。
無意識に芦屋さんと対面することを避けた。
それは芦屋さんと話すことが特にないことと、結果的に芦屋さんと別れなければならないのなら、思い出は綺麗でありたいと思ったから。
「ごめんなさい。帰ってください」
布団を被ることでくぐもった声になる。
それでもちゃんと聞こえたはずなのに帰る素振りは見られなかった。
「菜那」
芦屋さんが私の名前を呼んだ。
優しい声が胸に響く。
それでも頑なに会うこと、話すことを拒否するように身動きひとつせず布団の中にいると、今度は父が呼びかけてきた。
「菜那」
「芦屋さんには帰ってもらって」
そう訴えるも、父は一方的に話しかけてきた。
「菜那。芦屋くんは菜那に渡したいものがあるって来てくれたんだ。受け取ってくれないか?」
「要らない。なにも要らないです」
はっきり拒絶すると、芦屋さんが動いた。
「俺は一旦、外に出ます。だからこれ、お父さんから渡してもらえますか?」
カサカサっという紙が折られる音が聞こえた。
その直後、扉が開き、また、閉まる音がしたのでゆっくり慎重に布団から顔を出すと、たしかに芦屋さんの姿は部屋の中にいなかった。


