七夕の伝説


手が止まり、時刻を確認すると、目覚まし時計は午前8時半を指している。

普段なら登校の時間だから、学生の昴ではないと思うけれど、昴は昨日、一晩考えた答えをもう一度聞きに来るようなことを言っていた。

昴と結婚し、腎臓をもらうなんて、そんな身勝手な話を受けることなど出来ないのに。

私が昴のことを好きになれたら?

それは問題なくなるんじゃない?

別な人格の私が脳に甘く囁く。

でもそれを追い払うように頭を思いっきり左右に振り、自分自身に言い聞かせる。


「自分の手で最期を決める」


これ以上、誰かを精神的にも肉体的にも傷つけることはしたくないし、してはいけない。

それがドナーや身内の希望であったとしても、検査結果に一喜一憂することも、何度も心配掛けることも、もうしたくない。

限界なのだ。


「生き延びる意味なんてないんだもの」


呟きながら、手にしていたカッターナイフをまた手首に当てた。

にも関わらず、その行為をまた誰かが止める。


コンコン


「菜那。開けていいか?」


父だ。

娘の異変を察したのだろうか。


「ちょ、ちょっと待って」


努めて平静を装い返事をし、カッターナイフの刃を急いで仕舞い、机に片付け、ベッドに潜り込む。


「えっと、なに?」


ドアの向こうにいる父に尋ねるとドアが開いた。


「菜那にお客さんだ」

「え?お客さん?誰?昴?」


かぶっていた布団から少しだけ顔を出して見ると、父の背後には2度と会うことがないと思っていた人物が立っていた。


「なんで?」


醜い顔を見せないように、掛け布団を鼻の下まで引き上げ、視線を父に向けて、問う。