七夕の伝説


「記事は特にない、か」


残念…と思ってしまった自分を戒めるように首を少し激しく左右に振り、芦屋さんの存在を頭から追い出す。

それなのに、マスクをつけた、芦屋さんに似たシルエットの人を売店横で見かけて、胸がドクンと反応してしまった。

病院にいるはずがなく、幻覚に違いないのに、まだ忘れられていないことを痛感させられ、自分の意志の弱さが情けなくなった。

でも、私の目は正常だった。


「菜那!」


似た人の横を通り過ぎようとした時、声を掛けられ、振り向いた。

その瞬間、ギュッと抱きしめられた。

普通、突然こんなことが起きたら声を上げるか、恐怖に怯えるだろう。

でも私は、抱き締められている腕の温もりを知っていた。


「芦屋、さん」


名前を呼ぶと、芦屋さんは絞り出すような声で私の名を何度か呼んだ。


「菜那。菜那…菜那。会いたかった」


様子があまりに普通じゃなくて、驚きよりも心配が先に来た。


「どうかしたんですか?」


廊下を通る人からの好奇の目に晒されようとも、芦屋さんの背中に手を回し、小刻みに震える体をさする。

芦屋さんの異様な様子がそうさせた。


「あれ?芦屋さん、痩せました?」


空調の管理されている病院内では、11月中旬でもコートを羽織っている人は少ない。

芦屋さんもその通りで、薄手のカットソー越しに触れる背中はやけに骨張って感じられた。


「もしかして芦屋さんも入院していたんですか?」


連絡が取れなくなって、可能性として考えたのは芦屋さんの病気の再発、もしくは体調不良だった。

今は私服だけれど、入院後の検診に来たのかもしれない。

特にここは移植医療専門の科がある病院だから病院で会うということはその可能性が高い。

立つのがやっとの、私にしなだれかかるようにしている芦屋さんは入院、もしくは検査、治療目的で来院していたに違いない。

にも関わらず、芦屋さんは私の体を離すと、首を左右に振った。


「俺は入院していない。菜那に会いに来たんだ」


今にも泣き出しそうな弱々しい瞳を見て、胸がきゅっと締め付けられた。


「とりあえず病室に行きましょうか」


芦屋さんの手を取り、お見舞いの手続きを済ませ、さっきまで昴が座っていた椅子に座ってもらった。