七夕の伝説


「あ、雨だ」


車窓に雨粒が当たった。

外界を覗けば、傘を差して歩いている人の姿がちらほら見受けられる。

降り始めた雨は、しだいに強さを増し、降車した時には視界が狭まれるほど激しく降り出した。

ザーッというホームの屋根に当たる雨粒の音。

ゴロゴロと響く雷鳴。

ICカードをタッチして、鞄から取り出していた折り畳み傘を手にしたまま、このまま少し収まるまでまつべきか、雨に打たれる覚悟で走って帰るか、空を眺めながら考えた。

そのうちに、雨音に交じって背後から不機嫌な声が聞こえてきた。


「うわ。なにこの雨。天気予報外れじゃん」

「もう最悪ー」


振り返って見れば浴衣に身を包んだ女の子が数人いた。

地元は七夕祭りでそれなりに有名な地だ。

毎年この時期になると大きな笹飾りと、色とりどりの浴衣が美しく街を彩る。

でも今年は駅で足止め。


「もう帰ろうよ」

「いつ止むか分かんないし、浴衣汚れちゃうよ」


彼女たちの言う通り、止んでも足元がぐちゃぐちゃな状態ではそれが得策だと思えた。

さて、私はどうしようか。

バスに乗るには待っている人の数が多過ぎる。

やはり濡れる覚悟を決めて雨の中、歩くしかないか。

雲の様子からは当分、雨はやみそうにないし。


「そうだ」


父に連絡しよう。

そう思って鞄の中に入れているスマートフォンに手を伸ばした時、スマートフォンが震えた。

父からだ。


『菜那。もう駅に着いたか?雨ひどいから迎えに行くよ』

「ありがとう。待っているね」