「事故で怪我して、それから出来なくなったなんて、知らなくて。俺、無理に誘って悪いことしたな…」
「……」
高校3年生の時、大学受験を控えて、最後の大会。誰もが彼を応援したし、誰もが彼なら優勝するに違いないと盛り上がっていた。
校内には工藤桜司を称える横断幕が垂れていて、彼はいつもそれを見ないふりして校舎に入っていた。
だけど、その大会の前、彼は交通事故に遭って右手に麻痺が残ったのだ。
重い怪我ではなくてリハビリをすればすぐに治り、日常生活にはなんの支障もなかったけれど、1分の差を競う弓道、また精神力が試されるあの競技に、彼は大会を棄権する他なかった。
あれは確か、初夏にしては暑い、蝉が鳴き始めた頃だったと思う。
「久瀬さんが、実際に経験したみたい」
「え?」
「それくらい、今辛そうな顔してる」
そんなことない。きっと、今私が抱える気持ちの何十倍、何百倍、計り知れないけどオウくんはそれ以上に傷付いたはずだ。
本人は全然傷付いた素振りなんて見せず、いつも通り平然としていたけどさ。
「オウくんは、泣きたくても泣けないし、辛くても中々感情が表に出ないんです。だから、私が代わりに泣くの」
あ、太陽、沈む。
そんなことを思いながら、仁見さんの手がこちらに伸びてくる様子を、ぼうっと眺める。

