にべないオウジ



しばらく沈黙が流れて、俺はこの空気を変えるために「なーんてね」とおどけたように笑う。

もしここで透子ちゃんを泣かせでもしたら桜司に殺されそうだし、もしここで透子ちゃんの口を文字通り塞ぐものなら桜司に一番苦しむ方法で殺されそう。


だけど、栞さんを好きだと誰かに言葉にされたのは初めてで、自分の中でもそれには気付かないフリばかりしていたから、気持ちが複雑に掻き乱されていることは確かだ。


好きだと素直に言えたら、苦労しないんだよ。それを言ったら、同時にもう彼女には会えなくなる。

透子ちゃんと桜司にはそれはないかもしれないけど、俺は、そういうリスクが伴ってんだよ。


それを壊してまで言えるほど、俺は大人でもないし、強くもない。


「あはは、安心してよ、冗談冗談。そんなことするわけないじゃんー。透子ちゃんが珍しくペラペラ喋るからさあ?あ、そろそろ桜司来るんじゃないかな」


だけど多分俺は、桜司とこの子が何の関係もなくて、踏みとどまる理由が何もなければ、この場でキスすらしたことないような純粋な彼女を掻き乱して泣かせていただろう。

人の泣き顔は好きなんだ。泣いて、ボロボロになって、俺の手がないと立てなくなって、そんなグズグズになる姿。


透子ちゃんは、早くこんなところから逃げ出したいと言わんばかりの表情で俺を見た。

あーあ、怖がらせちゃったな。失敗。やっぱり桜司に殺されるかも。桜司は気を使わなくていいし割と良い相方だったんだけどなあ。

残念。