にべないオウジ



オウくんはきっと、覚えてない。

私の中のオウくんの記憶が100だとしたら、オウくんの中の私の記憶はきっと1にも満たない。


「……じっとしてて」


本当に?

本当に、たった1にも満たない?



オウくんは、何も躊躇わず、高そうなインディゴブルーのデニムパンツの膝が汚れてしまうのに、私の前で跪いた。

びっくりして、思わず彼のつむじを見つめる。彼の長い睫毛がよく見える。なんてこの人は、綺麗なんだろう。


「また、靴紐解けてる」


痛い。心臓が痛い。苦しい。だけど、この気持ちは、何故か嫌じゃない。


「解けっぱなしのままここまで来たわけ?お前ほんと鈍臭い」


うっとりするくらい綺麗なちょうちょ結びをいとも簡単に結べてしまうこの人は、天才だと思う。

右足の解けた靴紐を結び直したオウくんが、跪いたまま、私を見上げた。


10年以上彼を見てきたけど、見上げられたことは一度だってなくて、どうしようもなく心臓が騒いだ。