そうだよね。毎日多忙なオウくんが家に居るわけないじゃん。そもそも居たとしてもわざわざ私と会いたくないか。
嫌われてるもんね。
帰ろう。ポケットからスマホを出して時間を確認すると、時刻は8時5分。きっと母に「やっぱり会えなかったの?」と言われる。
スマホの画面を閉じて家に帰ろうとしたその時だった。
スマホから音が流れて震え出すので、思わず落としてしまいそうになる。
しかも画面に「オウくん」の文字と王冠の絵文字が表示されているのを確認して、せっかく持ち直したのにまた落としそうになった。
えっ、あ、え、うそ、オウくんから電話だ。
取らなきゃ、早く取らなきゃ、どうしよう、なんて出ればいい?もしもし?こんばんは?ご無沙汰しております?本日はお日柄もよく?
意を決して通話ボタンを押すと、ツーツーと機械音しか流れていなくて、私は立ち尽くした。
いや、切るの早!!
取らせる気なくない?もうちょっと鳴らせてくれても良くない?はあ、オウくんらしいけどさ。
「………とこ?」
夜風に攫われて、風の導くままに振り返る。誰かが私を呼んだ。
誰か、なんて。私をそんなふうに呼ぶのはこの世で一人しかいない。

