ママが「9時までには絶対帰ってくるのよ」と言って困ったように笑うので、私は家を飛び出した。
走りながら、仁見さんの言った言葉を思い返す。
恋って、痛いだけじゃないよ。
私はその言葉がずっと引っかかっていた。
胸が痛くて締め付けられる感情ばかりだった私のオウくんへの思いは、一体何なんだろう。
オウくんに一生、特別な好きな人が出来なければいいと思ったあの黒い感情は、何なんだろう。
曲がり角を右に曲がって、大きな一軒家が見える。
家の横に道場が併設されていて、そこで彼の両親は弓道を教えている。
ああ、私はよくこの木陰にコソコソ隠れながら、ここから見える練習姿のオウくんを眺めていたなあと、思い出に耽った。
もうここから彼の練習姿を見ることは出来ないけど、私は何分でも、何時間でも、ここから眺めていられるだろうと思っていた。
大きな工藤家の二階を見上げる。
あの一番右端の、窓。あれがオウくんの部屋。水色のカーテンは昔から変わらない。
電気の点いていないその部屋に、がっくしと肩を落とした。

