オウくんはきっと、覚えてない。
中学生の時、一時期クラスで孤立していた私に、周りの目にビクビクすることしかできなかった私に、ぶっきらぼうに声をかけてくれたこと。
「透子ちゃん、聞いた?工藤さん家の弟さん、弓道で全国大会準優勝ですって。確か桜司くんは優勝してたわよね?兄弟揃って流石だわぁ」
母が夕飯の天麩羅を揚げながら、うっとりと頬に手を当てる。
私の好きな椎茸も天麩羅にしてくれているのに、今は全然気分が上がらない。むしろモヤモヤするばかりだ。
ダイニングテーブルに肘をついて「ふうん」と口を尖らせる。お母さんが菜箸を持ったまま振り返った。
「なぁに?珍しく機嫌悪い。大学で何かあった?」
「……何もない」
「あ、そういえば桜司くんは元気してる?ママ最近顔見てないから寂しいわぁ。良かったら今度夕ご飯おもてなしするから家呼ばない?」
「絶対呼ばない!!」
母は質問攻めが多いけど、その質問の答えが返ってこないことは全く気にしない。
多分答えなんて求めていないのだと思う。
ムキになって答えると、天麩羅を全て揚げ終えたらしい母は火を止めて首を傾げた。だけどそれ以上深く追求されることはないので、私も何も言わずテーブルに突っ伏す。