にべないオウジ



きっかけは確か、些細なことだった気がする。

大学に入りたての時、必修科目でこの人の授業があって、大学の教授にしては若くて、なんか儚い人だなぁという印象だった。

ひょろりとしていて風に吹かれたらすぐ飛んでいってしまいそう。授業中は全然笑わないし、寝ている人にも全然注意しない。だけどこの人の話は面白くて、私は毎週その講義が楽しみになった。


レポートを出すのが遅れて、一人で彼の研究室に入った時、まるで一人暮らしの部屋のような配置に驚いた。

すると彼は初めて笑って「俺の家。いいでしょ」と得意げに微笑むものだから、私の心は簡単にかき乱された。


彼は教授ではなく、准教授なのだという。正直私には何が違うのか分からなかったけど、彼が授業をする時みたいに丁寧に心地いい声で説明してくれるものだから、私はその違いについてレポート一枚書けるのではないかと思った。



儚げで、すぐに飛んでいってしまいそうなのに、自分の目の前に立つこの人はまぎれもなく男の人で、私なんかよりずっと力持ちで、力が強くて、ペットボトルの固い蓋も簡単に開けれちゃう、そんな彼に落ちるのは、早かった。

落ちるというより、底のない沼に引きずり込まれるような、そんな感覚。



特定の彼女を作る気はないって言うから、それでもいいって言った。

結婚するつもりもないって言うから、それでもいいって言った。

俺の会いたい時しか会うつもりないって言うから、それでもいいって言った。


それでも良かったの。それだけでも、たまに呼んでくれるだけでも良いと思えるほど、好きなのに。


「ふっ、ううう……うぁあ…」


彼の体温を感じることなく研究室を出るのが、こんなに寂しいことなんだって、知らなかった。