「いいよ。殺したいほど憎いでしょ?俺が。殺していいよ」

「……そんなこと、するわけないだろ」

「はあ?なんで。前までの桜司なら絶対五発は殴ってたじゃん」


遊馬の顔が、悲痛に歪む。殴れよ。そう言って俺に一歩近付くけど、俺は拳を振り上げない。

だって、お前が透子のことを傷付けるなって言ったんだろ。お前はそう教えてくれたのに、俺が守れなかった。だから結果的にあいつを傷付けてしまった。

それなのにお前を殴ったって、何も残らない。


「透子は、俺のもんじゃ、ないから」

「はあ?」

「透子がお前を殴れって言うなら殴るけど、あいつは絶対そんなの望まない。透子は誰のものでもない。だから、殴らない」


お前の言う通り、ちょっと前の俺なら問答無用で殴りつけていたと思う。だけどそんなものは自分のエゴで、全然透子のためじゃない。自分のむしゃくしゃした気分をただ晴らすためにすることだ。

傷付けるなってって言ったの、遊馬だろ。

だから、俺は遊馬のことも傷付けない。人を傷付けてもそれが倍になって返ってきて辛いだけだって、透子に教わったから。


「遊馬、もう無理して笑うのやめろよ」

「なん、だよ。桜司のくせに。普通の人間みたいなこと言っちゃってさぁ。あーあ、つまんねーの。冷めたわ。帰る」


遊馬はそう言い捨てて、俺に背を向けた。俺はいつもあいつに透子の話を聞いてもらったり、励ましてもらったりしてたけど、遊馬からそんな話を聞いたことはあっただろうか。

俺は今まで、透子だけじゃなくて、周りの人間のことも誰一人考えられてなかったんだと思い知らされた。


最悪だな、俺。