徐々に足音が近付いてくる。
なんだ、この人。犬並みの嗅覚でも持っているのか。
来ないで、来ないで、来ないで。心臓の音のせいでバレてしまうじゃないかと思うくらい、うるさくて、激しい。
私の目の前で仁見さんの足が止まる。
「ダメだよ、仁見くん。そこは俺のプライバシーだ」
ガサガサガサッ
終わった。すぐ隣に辞書が重なって置かれてたなんて、気が付かなかった。もっと後ろに下がらなきゃと思って下がったら、それが綺麗に崩れてしまった。
机の下を覗く仁見さんと、目が合う。彼はそれはそれは、驚いたように目を真ん丸に開いて、小さく「え?」と言葉を漏らした。
ちっ、と希の舌打ち。
とりあえず胸だけを毛布で隠して、トップスは肩の上でしわくちゃになったまま。スカートは脱げてパンツ一枚。
「キ、キリ、ちゃん…?」
まるでその言葉に首を振ってほしいのだと言わんばかりに、仁見さんは疑心暗鬼に訊ねた。
この時私は、なんて答えれば良かったのだろうか。はい、キリちゃんですっと明るく答えたら良かったのか。それともいいえ人違いですと見え透いた嘘をつけばよかったのか。
分からない。分からなかったから、私はとりあえず、曖昧に笑った。

