本番20分前。十分にチューニングと最終確認を終えてから、舞台裏で待機。出演順ひとつ前のバンドを聞きながらケータイを見る。


お母さんからの連絡は、ない。


今朝、『今日、文化祭だから』とは伝えたものの、いつも通り冷たい反応で、来るともこないとも言われなかった。この前渡したチラシに、一応私たちの出演時間と出演場所はメモとして書いておいたけれど……伝わっているかは謎だ。



「綾乃、お母さんから連絡あった?」


こそ、と。小声で領が耳打ちした。



「ううん、ない。来てくれないかも……」



手の震えを抑えるように、右手に握ったケータイを左手でぐっと押さえる。来て欲しいと思っていた。見て欲しい、変わった自分のこと、変わりたいと思っている自分のこと、誰より近くにいるようで、一番遠い場所にいる家族に。



「じゃあさ、」

「……うん?」

「ステージに立ったら、まずは深呼吸して」

「うん」

「それから、目を閉じて」

「うん」

「3秒数えたら目を開いて、観客全員の顔をしっかり見るんだ」



ひとりひとり、確実に。

いつものステージとは違う。クラスメイトや、見たことのある生徒たち、お世話になっている先生方、他校からファンもやってくるかもしれない。知っている人たちで構成される観客席だからこそ、見なきゃいけないものがある。



「おれたちの音楽を聴きにきてくれてる」

「うん、」

「その中にお母さんがいるかはわからないけど、どんな状況でも、どんな人たちでも、全力で伝えたいと思わない?」

「ベストを、尽くしたいと思う」

「うん、大丈夫だ。綾乃、目が強くなったね」





───「はるとうたたね、本番3分前です、舞台裏最前出てくださいー」




本番は、もう目の前だ。