すっと息を吸い込んで、最初の一音を声に出したらもう迷いなんてない。


たくさん練習したんだ。初心者の私に合わせて何度も何度もギターを弾いてくれた領。メトロノームのように正確なリズムを刻んでくれる浩平と怜。どれだけだって練習に付き合ってくれて、いつだって私の声が一番「はるとうたたね」の音に合っていると言ってくれた。


3人が奏でる音楽に沿って歌う、私の声。


今まで、人前に出ることなんて嫌いだった。ましてや、音楽なんて大の苦手科目。人前で歌うことが、私の人生にあるだなんて思わなかった。




それでも、今この瞬間。

このライトの下で、このメンバーで、音楽をつくることが、こんなにも楽しくって、こんなにも心が震えるなんて、信じられない、幻みたいだ。





「今日はありがとー! 次は夏フェスで!」


観客席に向かってそう叫ぶ領の声とともに、浩平のドラムが終わる。気づけば全曲歌い終わっていて、全身汗だく、喉もからからだ。時間にしたら数十分。だけど、ステージの上がこんなに暑くて時間が過ぎるのは一瞬なんだって、初めて知った。


ふと見上げた先。───そこにはさっきまでとは全く違う世界が広がっていた。


まるで光がはじけ飛んで、しゃぼん玉のように浮遊しているみたい。観客席ひとりひとりの顔がしっかりと見える。満面の笑みで手をたたく人、さいこうだった、アンコール、と汗だくで声援を叫ぶ人、両手で顔を包んで涙を拭いている人、まっすぐにこちらを見てきらきらと目を輝かせている人。


───きれい、だ。


小さいころに見た夕暮れの海より、帰り道に見かけた雨上がりの虹より、誰かが称賛した芸術作品より、あの日見た授業中の空より───ずっと、





きれいだ、この景色が、世界で一番きれいだ。