わかっているのに、どうしてこんなにも苛立ちを感じているのだろう。自分でも分からない。
マーシーの出ていった扉をぼんやり見つめていると、腕組みをしたルイナードが、突然ぬっと現れて視界を阻む。
「いつまで見ている。そんなに見送る必要はないだろう」
助けてもらったお礼を伝えるべきかと思い悩んだが、その横暴な姿に思いとどまる。何より根本的な原因は全てこの男にある。
「⋯⋯見送るのは当たり前でしょ」
同様のトーンで投げつけた私は、彼の横を通り過ぎて今度こそサリーを呼びに向かうとしたのも束の間、すれ違いざまに強引に腕を掴まれて引き止められてしまった。
「――侍女を呼ぶ必要はない」
あからさまに「なんで?」と眉をしかめていると。
いつの間にか、さっきまでの威圧的なオーラをすぅっと消したルイナードは穴が空きそうなほど私の顔をじっと見つめてくる。
顎に手を添えて、真剣な顔つきでじろじろと。無表情ではあるが、怒っている様子は感じられない。――とはいえ完全無欠の美貌を前に、無意識に喉がゴクリと鳴ってしまいそう。
「なによ――」
なんとなくいい予感がしない私は、少しだけ身を引いて、その視線を受け止めていると。
「――体調は問題無さそうだな。ちょっとついてこい。いいところへ連れて行ってやる」
目視での健康チェックを終えたらしい彼は、陶器のような頬をかすかに上げて微笑み、くるりと漆黒のジャケットを翻す。
いいところ? 部屋を訪ねてきた理由は、このためなんだろうか?
傷心したマーシーの後ろ姿を引きずりつつも、「急げ」と急かす声に逆らうことなどできず、素早く身支度を整えてからルイナードの後を追って部屋を出ていく。



