マーシーの悲痛の叫びが部屋にこだました直後――
一瞬の静寂が訪れた。
「――傷つける――? 勘違いするな」
ルイナードは唸りながらマーシーの手をふり解く。
「これは合意の上で成り立ったも同然だ。何より、現実を見ろ。たった今お前が拒まれたということ――それが彼女からの答えだろう。故に――お前が口出すべきことではない」
マーシーがサッと顔色を変える。
反論の余地がない状況に絶望しているのか、はたまた氷点下の声色に震えているのかはわからない。けれど静観していた私は後者だ。彼の⋯⋯人をひれ伏させるほどの絶対的なオーラに怯んでいた。
「――わかったなら、去れ。遊びに来るのは少し頭を冷やしてからにしろ。今のお前こそ―――アイリスを傷つけるだけだ」
「――っ!」
やがて、苦悩の表情を浮かべたマーシーは、やり場のない想いを扉にぶつけるようにして、部屋を飛び出ていく。
いつもより小さな後ろ姿を見つめながら、私の心は罪悪感にも似た気持ちでいっぱいだった。
『皇帝として周囲から子供を望まれるのは自然なことだ』
マーシーの言うとおり、この未来に幸せになんて訪れることはないだろう。
しかし、お父さまの無念を晴らすには。自分の長年の憎しみに決着をつけるには。ここにいるしか方法はない。



