暗くて静寂に包まれた部屋。
眠る前、少しの時間。

カーテンの隙間から射す明かりを、何も考えずにボーッと眺めるのが日課。

大ちゃんは今年受験生。
きっと今も勉強してるんだろうな。


「………」


よくない。

さっきまで一緒にご飯食べていたのに、もう会いたくて仕方がない。

せめてシルエットだけでも。

そう思った私は、ゆっくりとカーテンを開けた。

その瞬間、視界が強い光に包まれて目が眩んだ。


「お、美鈴。」

「っ…えっ…わわ!」


慌てて窓を開けて、ベランダへと出る。


「なんだよ。珍しいものでも見たみたいな反応…。」

「だって!タイミングよく出てきたらびっくりするじゃん…!」


心臓がドクドクと大きな音を立てる。
いつもいつも側にいるのに、不意に会えた時は心から嬉しいし、頬が自然とニヤけてしまう。


「……大ちゃんが窓開ける時は大抵私に用事ある時。」

「ああ。そういえば入学祝い何もできてなかったと思って。」

「いやいや!そんなお構いなく!」

「俺が入学した日、美鈴の手作りクッキー貰ったし。何か俺もお返ししたいじゃん?」


ベランダの手すりに手をついて、私との距離を縮めるように身を乗り出す。


「……じゃあお願い聞いて欲しいから、こっちきて?」


この境がもどかしい。手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、柵が邪魔して勇気が出ない。

自分から乗り越えるのを躊躇(ちゅうちょ)して、こっちへ来て欲しいと懇願する私。


「…いいよ。美鈴、少し下がって」


大ちゃんの言葉にハッとする。

こっちに来てもらって、それでどうするの?

何を請うの?


「………やっ、やっぱりい」


やっぱりいい。来なくて大丈夫。

と、伝えようとした時だった。


「わっ…!」


勢いよく飛び移った大ちゃん。無事に着地したと同時に私の視界は彼でいっぱいになる。

しまった。

下がれって言われていたのに、動かなかったせいで…。


《ドシンッ…》


ズシリとした重みを体全体で感じた。全身が密着して、私の部屋のカーペットの上へと倒れ込む。


「んっ……」

「っ…」


こんなことあるのは漫画やドラマの世界だけだと思っていた。

唇に柔らかい感覚。

至近距離で瞳が合うと、ブワッと顔に熱をお互いが帯びる。


「ぇ……うわっ…その……ごめん」


薄暗くて、しっかりと表情は確認できないけれど、顔を真っ赤にして余裕のない大ちゃんが目の前にいる。




なんかさ。なんか…。




………可愛いなぁ。





「っ……好きなやつとするものなのに。…ごめん。しっかり確認してから飛び移ればよかった…」


そんな申し訳なさそうにして欲しくない。
キスは好きな人とするものなのだとしたら、私にとってこれは何も問題ない。

そう私は思うのに…。


「……大ちゃんは私とキスするの嫌…?」

「…なに訊いてんだよ…。」

「答えて欲しい。」


もう流れに任せてしまおう。

だってその方が楽だし。


「………」


手っ取り早く、大ちゃんを私のものにしたい。


「答えてくれなきゃ、キスする。」


幼い頃から側にいて、幼い頃から大好きで。
全部全部私のものだよ。
いつだって、大ちゃんは私にとっての特別だから。


重たいとか、異常だとか。


そんなのどうだっていい。


気持ちを重さで図るなんてアホらしい。
人それぞれ、度合いも容量も線引きも違うのに。


「……私、大ちゃんの妹じゃない。大ちゃんが思うほど、もう子供じゃないよ。」


同じ高校生になった今日。


こざかしい私は大ちゃんの反応を無視して、キスをした。