思えば、幼い頃の私の夢は『亡くなったお父さんに会うこと』だった。

どんなお父さんだったのか覚えていない。それくらい私と春太とお父さんが一緒に過ごした時間は短くて。


本当に短くて。


「わたしのユメはね!」


自慢げに自分の夢を語った時、お母さんは泣いた。亡くなった人に会いたいと願うことはいけないことなんだと、幼いながらに知って…。


それ以来、将来の夢を訊かれる場面で返答に迷っては一言、『お母さんが褒めてくれるような大人になりたい』なんて職業や具体的な将来像ではない、アヤフヤな夢を掲げた。





『あら、美鈴ちゃん。一人で買い物?まだ小学生なのに偉いわね。』

『お父さんがいなくても、しっかりしてて…。お母さんの頑張りの成果ね。』


私が真面目に生きていれば、お母さんが凄いと周りから言われる。自分が大人な振る舞いをすれば、お母さんの自慢の娘に一歩近づく。


胸張って自慢の母親の隣を歩きたかった。


お父さんに会えなくても、お母さんがいる。弟の春太もいる。幼馴染の大ちゃん、大ちゃんのお母さん、お父さん。


私は一人じゃない。


それが一番誇らしい。


そう思いながら過ごしていた小学生の頃。


お母さんと春太と私の3人でご飯を食べている時に、春太は言った。


「お母さん、ぼく、グリンピース嫌いって言ったのに入れたでしょ?」

「春太が嫌いでもお母さんは好き〜」

「え〜!」


たったのこれだけの会話で、私の心は強く乱された。


「春太、ワガママ言っちゃダメだよ。お母さん困っちゃうじゃん。」

「だって嫌いなものは嫌いなんだもん!」


フンっと偉そうに駄々をこねる弟が無性に腹立たしかった。


「っ…春太!!」


大声をあげた私にビックリして春太は身体を強張らせる。

そこでハッとした。


お母さんを困らせることはしちゃいけない。ここで春太と喧嘩したら我儘を言った春太と同等になる。


「……ぁ…えっと…」


俯いて、一人で反省していると、お母さんは私を宥(なだ)めるように言った。


「美鈴にも私、我儘言われたいなー。」

「っ……言わない…」

「なんでよ〜?」

「なんでって……。言ったら、お母さんが困るから。」

「どうして? 私は内容にもよるけど美鈴の我儘の一つや二つ叶えたいけどなぁ。」

「……叶えなくていい…。お母さんの自慢の娘になりたいから…。そしたら…周りはもっとお母さんのことを褒めてくれる…。お母さんの頑張りが人に伝わって…そしたら…」




「『お父さんがいないから』なんて言われなくて済む…」




その瞬間、母の瞳が揺れた。

同じ表情だった。


『わたしのユメはね! お父さんに会って、抱っこしてもらいたい!』


あの時と同じ表情だった。


「ごめん…なさい…」


曇った泣きそうな表情の母に、私は謝ることしかできなかった。


どこで間違えた?