どんなに愛おしくてもクロエを抱く事は叶わない。だが欲望だけは募るばかり。
そんな時、とある貴族令嬢がガルドの目に留まった。
黒い髪に空の様な青い目。容姿は全くクロエには似ていなかったのだが・・・―――あぁ、本物を手に入れるまで、身代わりを側に置けばいいではないか・・・・と、思ったのだ。
それからの彼は、見境なくクロエに似た女を集めていった。クロエを正妃として迎えた暁には、彼女等は不要となるのだが、それまでは精々役に立ってくれればいいと。
その一方で、クロエを正妃として迎えようと水面下で準備も進めてもいた。
それには自分が国王になるのが一番である。いや、この世界の覇者となればいい。
そうすればクロエが女王になろうと関係が無い。
この大陸を統べる覇者の妻となるのだから。

国内の問題も山積していたが、それは国王を傀儡にすればいいだけの話。
『魔薬』も改良を重ね、身近な人間で実験を始めていた。
元々身体が余り丈夫では無かった国王。騙しうちの様に父王に盛る微量の『魔薬』は、何年もの歳月をかけゆっくりとその身を侵していった。

世界を手中に収めるには、まず強力な軍隊が必要だった。いくらリージェ国の軍隊でも帝国クラスまで底上げするには時間がかかる。
それでは遅い。
ならば帝国をそのまま手に入れればいい。ガルドは数少ない信頼する部下、イズとキトナに帝国を手に入れるよう指示を出す。
そして、アドラを帝国皇太子イサークに嫁がせようと画策しはじめた。
だが、事態は彼が思い描く様には進まなかった。
それどころか後退しているのではと思うほど、散々だった。

帝国に送った部下達は一人残らず捕縛され、自白させられた後、送り返されてきた。
はじめは白を切っていたが、それすら許されないほどの証拠を揃えられて。
顔には出さなかったが、渋々事実を認め帝国の使者が帰った後、部下は全て処分させた。
苛立ちが収まらないガルド。なんとしても帝国は手に入れたい。
ならば、別方向から攻めてみるか・・・と、謝罪と称し、アドラとイサークを会わせる為に帝国へと向かった。
訪問を拒否されたものの、何とか面会へとこぎつけ、この度のお詫びにと人質も兼ねアドラとの婚姻を提案。
それらは素気無く断られ、翌日には帝国を追い出されてしまった。
アドラはイサークに一目惚れしたらしいが、イサークは全く興味を持たなかった。
アドラは美しい娘だ。赤みの強い金髪にガルドと同じ碧眼。まさに大輪の薔薇のような華やかさと気品を持っていた。
十人中、十人全ての人間が好意を持つほどに美少女だ。そのアドラに何一つ興味を示さなかった、皇太子。

中々に手強い。皇帝といい皇太子といい。
何故こうも思い通りにならないのだ!面白くない!

ガルドは苛立った。何もかもうまくいかない。裏目にばかり出てしまう。
各国に飛ばした間者や魔薬の売人、部下。そのほとんどが捕らえられてしまっていた。
その苛立ちの矛先は己の後宮へと向けられ、何人もの女が命を落とした。
血濡れた手を見てガルドは思う。

自分がまだ王太子だから駄目なのだ。
国王になればいいのではないか。国王になれば全ての権限を振るえる。
だが、あと少しだ。あと少しで、あの男は壊れる。

苛立ちの中、クロエを迎えるための準備と画策を進めていく中、衝撃的な知らせが届いた。
フルール国の国王が崩御。新たなる国王は跡継ぎにロゼリンテを指名した。
そして、クロエは帝国へと嫁ぐ事も。
何の冗談かと、ガルドは思った。
あれほど婚姻を望み、何度も申し込んでいたというのに、それを無視し帝国に嫁がせるなど。
だが、これは好機かもしれないとガルドは思い直す。
上手くいけば、クロエと帝国を一気に手に入れる事が出来るのではと。
そう考えると、今までの失敗もこの日の為の礎の様な気がして、途端に上機嫌になった。

そして、クロエと帝国を手に入れるための算段を始める。
愛おしいクロエが、自分の隣で微笑む様を想像しながら。