家の中に入るとお母さんも誰もいなくて、私が世界でただ1人生き残った人間みたいに静かだ。



廊下を歩けば私1人だけの足音が響き、それが不気味度を上げる。



自分の部屋に行くと、心の中で決めたことを行動に移す。



大きなキャリーケースにとりあえず沢山服を詰め込み、小物は少し大きめのポーチに纏めるとすでにギュウギュウなキャリーケースに無理矢理突っ込んで、紙とペンを取り出してお母さんたち宛てに手紙を書く。



書き終えてペンをテーブルに置くと1枚は千也の部屋に、1枚はリビングに置いて重たいキャリーケースを引いて外に出ると近くの公園に着くと、タクシーをつかまえて車内に乗り込んだ。



スマホを少し眺めて電話帳を開くと、上にスライドさせてある人物の所で指を止めた。


迷惑かなぁ…と思いつつも行く当てはここしかないのでそれをタップする。


“もしもし”




彼は5コール目で取ってくれた。



その声を聞いてちょっとばかし安心したのは秘密。




『私、沙夜です』

“沙夜ちゃん?どうした?”

『リンさん、しばらく私を預かってほしいの』

“え?預かる?え?”



なんで?と不思議そうなリンさんの声。



『迷惑…だよね。ごめん』



やっぱりダメか…。

諦めて切ろうとボタンを押しにかかった時「ちょっ、待て待て待て!」とリンさんが止めた。



もう一度それを耳に当てると「俺のとこに少しの間住みてぇってことだろ?」と聞こえた。




『そう』

“別にいいけど”




彼はあっさりと住まわせてくれることを許可してくれた。



ありがとうございますと今の気持ちを伝えると「別にいいよ」と笑って言ってくれた。



何があった?誠人と喧嘩したのか?なんて聞いてこないリンさんは、どこまでも優しくていい男だと思う、私は彼のそんなところが好き。



もちろん男としてではなく、友人として。

こんなにいい男なのに、彼女がいないことがすごい驚きなんだよね。



“今どこにいる?迎えるか?”



気を使ってくれてるけど生憎今はタクシーの中で魑櫻の倉庫に向かってる途中。


そのことを伝えると「了解。下の奴等には伝えとくから普通に入ってきていいよ」と言ってあ!と何かを思い出したような声を出すと「男が怖かったら女の子待たせとく?」と気まで使ってくれた。



けど今は知らない女の子も受け付けれる心じゃない。



ユカは例外だけど。


ユカなら大丈夫ということを伝えると呼び出して待たせてくれるらしいんだけど、「何で俺のとこじゃなくてユカちゃんのとこ行かなかったんだ?」と痛いところを訊かれてしまった。




『それは…ユカのとこだと誠人にすぐバレるから…』

“何?誠人に黙って来んのか?”

『うん。ちょっと色々あって別れたの』

“はぁ?色々って…送ってもらったとき何があったんだよ。まぁ、話したくねーなら聞かねぇよ”

『それは着いてから話すね』

“あぁ、気を付けて来いよ”






リンさんは私が安全に来ることを心配してくれると通話を終了した。


“何があった”か…そりゃあ気になるよね、さっきまで付き合ってたんだもん。



話さなきゃなぁ。


どう話そうか、そんなことを考えながらタクシーは魑櫻の倉庫に向かった。