「すげぇ殺気、さすが“λυκος ”だな」
“リュコス”って、何?
誰のことを言ってるの?もしかして誠人のこと?
「うるせぇ。その名を口にすんじゃねぇよ」
誠人はそう言われるのが嫌いらしい。
千也が“リュコス”って言ったときピクッと反応して眉間に皺を寄せてた。
「これ以上沙夜に関わんな」
誠人はそう言うけど。
「無理だ」
「あ?」
この男はそうはいかない。
千也が返した言葉に誠人の機嫌はさらに悪くなる。
けど、千也の言ってることは分からないでもない。
私と千也が関わらないなんて無理だから。
だって___家族だから。
千也が一人暮らしでもすればいい話だったりする、だけど千也は家を出る気は今はないらしい。
だからといって私は出ていけない。
これ以上は迷惑かけられない、我儘言っちゃいけない。
「なぁλυκος 」
「あ?」
「俺はいつだって奪える範疇にいるからな」
「……」
「その唇も、体も」
「テメェッ」
「心もな」
「奪わせねぇよ」
ドキン…と心が揺れた。
心が冷え切るような感覚に陥った。
そうだ…私は家では千也といるから…範疇なんだ。
私の心が動くことはないけど___この唇も体も奪えることはできる、さっきみたいに。
「もう、奪わせねぇ」
それでも、誠人は千也に強くそう告げた。
もう誰にも奪わせないで、そう思った。
「じゃあ俺は帰るかな。後でな沙夜」
千也はそう言うと車に乗り込んで去っていった。
一気に体の力が抜けてヘナヘナと地面に座ってしまった。
「大丈夫か?」と誠人は心配して声を掛けてくれるけど、腰が抜けてしまって全然大丈夫じゃない。
「つーかお前無防備、無警戒すぎ」
『うっ…』
「だからキスされんだ」
『ごもっともです…』
返す言葉がない…。
「なぁ沙夜」
『何…?』
「今日俺んち来ねぇ?」
『え?』
その言葉は予想もしていなかった突然のものだった。
いきなりすぎた上に、私にとってハードルの高いものだったのでフリーズしたまま。
もちろん顔は見る見るうちに赤くなっていることだと思う。
「今日お袋たちいねーんだ」
しかも誠人ママ、パパもあの兄もいないときた。
ということは。
『え?えっと…』
つまり、その…。
『お、お泊り?!』
そういうことだって考えていいの?
いや、そんなこと思うとか私は飢えた狼か!
落ち着け…落ち着くのよ私。
深呼吸をしてとりあえず落ち着きを取り戻した私は、脳内で今の出来事を整理する。
今日は家に帰りたくない私、そして今日たまたま家に誰もいない北条家、そこに今日は私がお泊りするということ。
私の答えは…。
『…泊まりたい』
その選択しかない。