「それを……水瀬が、私に言うの?」
ショックという言葉では表しきれない感情が目の前を暗く塗りつぶす。
水瀬にとったら、所詮私だってその程度の人間だということなんだろうか。
『水瀬帝国の王子』なんて言葉を使わなかったわけじゃない。むしろ積極的に使っていたかもしれない。
でもそれは水瀬や爽くんの立場を正しく認識して使っていた言葉じゃない。
『御曹司』なんて、『背が高い』とか『協調性がある』とか『ナルシスト』みたいな個性のひとつ。
本人の資質と無関係に在するという観点で言えば、いっそ価値のないものにすら思えるもの。
ただその人が持っている個性を面白可笑しく話しただけ。
背が高い人をのっぽと呼ぶのと一緒で、御曹司の水瀬を王子と呼んだだけ。
その程度の認識で接していた私にとって、『御曹司』というだけで七光だと妬む男も、玉の輿だと群がる女も理解出来なかった。
いや、理解は出来ても私とは違う考え方だなと一線を引いていた。
それがまさか『社長の息子だから』後輩の爽くんにいい顔をしているのかと、なんなら媚を売っているのかと、『社長の甥』である水瀬に言われるとは思わなかった。
座ったまま俯いた視線の先に見えたのは自分のくたびれた黒いパンプス。
いつだったか水瀬がこのパンプスを褒めてくれたことがあった。
営業を頑張ってる印だって。
キラキラした高いヒールの靴をはいてるより、このくたびれたパンプスが良いって。



