「ひっ……!」


 殴られる。反射的に私は腕で視界を覆い隠した。
 だけど、そういった衝撃と痛みは体のどこにも走らない。なにか、物音が聞こえてくるだけ。
 それからすぐに、肌があらわにされたお腹へと何かが落とされた。


「…………一万で今日やったこと、忘れてくれ」


 な、なに? そんな疑問と一緒に私は視界を開ける。
 男は既に立っていて、背を向けていた。


「え……?」
「やる気が失せたんだよ」


 私は男の言っている意味が理解できなかった。一万円はくれると言うことなのだろうが、けれど、なぜ? 提示した値段はもっと低かったはずなのに。
 男は枕元にある電話を取ると、どこかへ電話をかけていた。


 私はおずおずとベッドから立ち上がり、乱れた服を正していく。その中で体に生々しく残る、真っ青を通り越した、黒い痣が目に入った。


 男がなぜやめたのかわかった気がする。きっと、これのせい。こんな痣だらけの身体じゃ、抱くに抱けないだろう。
 男は電話が終わると、私を見て告げる。


「早く行け、鍵は開いてるから」
「あ……う……でも……」
「行けっ!」


 恫喝するような声に私は肩を跳ねさせると、一万円札を握り締め、逃げるように部屋を後にした。


 一刻も早くここから出たい。
 エレベーターに飛び乗ると、一階へ降り、すぐに自動ドアを潜る。
 そして雨の降る夜の町へと飛び出して行った。