ルリ、忠告ありがとう。でも、そんなことを聞いたら、いてもたってもいられなくなった。
 私の中の記憶、雨との思い出を再生できるのだとしたら、これは一大事。私の望んでいた雨と会いたいって願いが成就するのだから。
 だけど、そう上手くはいかなかった。


「あのミヤノジョウグループが開発したっていうホームシアターは……」
「ああ、申し訳ございません。店頭では売り切れとなっていまして……」


 仕方ない次の店に行こう。


「ここもないんですか……?」
「予約がびっしりと入っていまして、次の入荷は――」


 次も、その次も、次も次も次も! どこにも売ってない。どうして、私の運ならすぐに見つけられてもおかしくないはずなのに。


「はぁ、はぁ……落ち着いて。逆に考えなさい、運があっても買えないってことは……そもそも嘘だってこと?」


 恐らくそういうことになる。じゃあ、どうしてそんな噂が……。
 私は路頭に迷いながら次の電気店へと入ると、例の機械のキャッチコピーが目に入る。


「は、はは……なんだ……そういうこと」


 これは笑いなんかじゃない、呆れだ。ああ、これが原因なんだね。『思い出を今こそ再生しよう』か……。そこから尾ひれがついて、噂が生まれたのね。


 人にはお気に入りの映画とかそういうのがある。それを思い出と称してつけられたただのキャッチコピー。それに人はまんまと踊らされ、買っていったのか。
 私はスマホを開き、例の装置について調べ始めた。
 値段は学生身分が手を出せる範疇を超えている。噂で買った人もいるだろうに、それでも評価はとても良く、ちゃんとコメントには噂の類的なものは嘘だと書かれている。


「思い出を再生するという点については最高級なので、大切な思い出を再生したい時にはぜひこれを使ってみてはいかがでしょう……か」


 まぁいつか買ってみてもいいかもしれないけど、あんまりミヤノジョウグループは好きになれない。今日のところは帰ろ――


「ぷわっ……な、なに?」


 ポイ捨てされたものか、どこからか飛んできた紙が私の顔に張り付いた。


「抽選最終日! さぁさぁ、ミヤノジョウグループの新立体ホームシアター! ガラガラくじで特賞が当たれば今すぐお持ち帰りになれます! 五千円相当の物をお買い上げで抽選券一枚でーす!」
「…………」


 手に取った紙を見返す。こういうのに出くわすなんてつくづく運がいいのやら、悪いのやら。


 §


 私は家に帰ると、早速そのホームシアター機を取り出してみる。やっぱりどんな噂でも、この目で確かめないと納得できない。
 取り出した丸い物体は箱に映っていたものよりも大きくて、天井に設置することも直置きすることも可能そうだ。ディスクはもちろん、メモリー的な物を入れられそうな場所もある。
 天井に設置する場合だと、どうしてもそういう部分は扱えなくなりそうだけど――
 説明書を流し読みしていると、天井に設置しても軸部分が伸び縮みしてディスク交換とかはできそうであった。抜かり無い。天井に付ける予定はないけど……。


「……まるで変形しそうだけど、するのかな?」


 コンセントを入れ、スイッチを押してみると本当にガチャンガチャンと動きながら球体は形を変え、中空にセットアップの映像を表示させた。


「すごいんだ。やっぱり」


 あらゆる技術者が集まっているミヤノジョウグループなだけはある。部屋が明るいと見えにくいようでとりあえず電気を消すため、立ち上がる。
 と、どうやら私の居場所を察知しているのか映像が私の前へと現れた。


「照射してるの……? 機械の上に浮かび上がらせるだけだと思っていたのに」


 いや、確かに遊園地でゲームをプレイしていた時も私の元へ蔦や斧、火の玉が飛んできていたりしていた。物陰以外ならどこにでも映像を飛ばせるのかもしれない。本当にどうなってるのやら。
 電気を消すと、付属していたリモコンを持ちながら、軽く操作をしてみる。


「やっぱり脳波をキャッチするとかいう装置はない……か。あれだけ嘘と書かれてあるんだもん、当たり前だよね」


 それに電気を消さなくてもよく見えるように設定できるみたいだし、まぁ明るいと見えないなんて不便すぎるからそこはちゃんとするよね。
 結局、その日は私の空回りということでホームシアターは電源を落とされることになった。
 白いソファに寝そべり、額に手の甲を乗せる。
 久々に雨のことを思い出して、雨に会えると思ってしまって気持ちの落胆がすごい。こんなに気分が高揚して、落ち込むなんて。
 やっぱり、雨が私の感情を持っていったんだという感じがしてしまう。


「会いたいよ……雨、会いたい……」


 記憶の中で思い出されるのは、赤い眼だけ。もう完全に顔は朧気でわからなくなってしまった。どうして、雨の写真を残しておかなかったんだろう。
 どうして、どうしてと悔み続けるけど何の意味もない。今日だけはすごく胸が痛くて、悲しいって感情が目から溢れ出ていた。


 何を思って生きればいいんだろ、何を楽しみに生きればいいの? 死にたいよ……雨。私、死にたい……。もう十分でしょ、楽になりたいよ……。
 誰か、私を殺して。誰か、私を殺してくれないかな。誰か……誰か。
 そんな絶望の最中、ふと脳裏にある人物の顔が浮かんだ。


「ああ……そうしよう。雨を殺した……あいつなら。あいつなら、私を殺してくれるかもしれない。まだ私はあいつに何もできてないんだから」


 想いが邪悪に染まっていく。医療の道に進んだ理由を黒く塗りつぶしていく。本当になんとなくだった、この道に進んだ理由は。本当は心のどこかで死ぬことを願っていたのかもしれない。誰かを助けるためじゃなくて、自分が死ぬためにこの道を。医療の道を行けば、必ずあいつに当たることになるもん。


「あ、そっか……そうなんだ」


 私は今まで疑問に思っていた一つのことに気がついて、頷いた。
 雨、遅くなったけど生きる理由を見つけたよ。私は死ぬために生きるの、そしてようやく気づいたの、あいつが生きてる理由。


 それはね、あいつの運が良くて生き残れたんじゃない。私の運が、この時の為に生かしておいたんだよ。
 もう逃げられないし、もう逃がさない。死ねない私を置いて、死ぬことなんて許せはしない。
 そうでしょう? ね? あやか?