「髪を切るだけなら、お願いなんて使わなくても良かったのに」
「ダメだよー。そんなこと言ったらいつまで経っても使えないじゃん。私の一世一代の変われる日なんだから!」
「奏は大げさね。それでどんな髪型にするの?」


 雨にそう言われ、髪型を考えていなかったことを思い出す。
 どうしよう、今まで普通に切ってもらっていたから注文なんてつけたことがなかった。
 全身鏡に私の困った顔が映り、後ろにいる雨が首を傾げていた。


「……短めにしてほしい、他は雨の感覚で切って?」
「難しいことを言うわね。プロではないのだから、文句を言われても困るわよ?」
「いいの、雨なら上手く切ってくれるでしょ?」
「過大評価しすぎよ。でも、そこまで言われるなら本気を出さないわけにはいかないわね」
「出さないつもりだったのー?」
「まさか、物は言いよう。奏に対してなら私はいつでも本気よ」


 雨はそういうと、切れ目の入れた大きなビニール袋を私の頭に被せてきた。
 切れ目から顔を出すと、袋はポンチョ型となり本当に美容院に来たような感じに思える。即席で作られたにしては良い出来だ。


「何度も聞くようだけど、髪も染める……それでいいのね?」


 そう、昨日から雨に何度も言われている。
 黒髪から一気に変える必要があるのかなんて言われれば私にはある。もう変わらないままの私は嫌だったから、今日でそれにお別れするの。


「うん、明るい色にする。その為に昨日、髪染め液を買ってもらったんだから」
「わかったわ。じゃあ始めるわね」


 鏡に映る雨の瞳が揺れる。
 そして雨が私の髪の毛を優しく掴むと、鋏を閉じる音が聞こえた。