「死のうと思った理由……そうね、少しでも両親に振り向いて欲しかったのかもしれないわ」


 そう彼女は言った。
 それは雨ができる両親への歪んだ愛情表現だった。でも、雨自身はそれすら気づいていない。どうしてそんなことをしようと思ったのか、『わからない』と教えてくれたから。


「でも、死んだ後に振り向いてもらっても意味なんてない。そもそも、振り向いてすらもらえないのも知っていたの」
「そんなの……そんなこと」


 口籠ってしまう、上手く言葉を返すことはできない。
 私が死のうと思ったのはこの世界に嫌気が差したから。雨が死にたいと思った理由は私の理由とはかけ離れている。
 少なくとも小さい頃の私は両親に愛されていた。それの影響で私が何を言おうが、雨にとっての慰めになるような言葉じゃない。そんなの、わかってる。


「奏は私の名前をどう思う?」
「……名前って、雨……でしょ? 私は好きだよ」
「ありがとう。でも、私はこの名前が嫌いだったの」
「嫌い……だった?」
「この名前に意味なんてないから。ただ、産まれた日に雨が降っていたから適当に『雨』と名を付けられたのよ」
「…………」


 チラリと総一朗さんの方を見ると、目を瞑ったまま一度だけ頷いていた。
 それは本当を意味する。じゃあ、雨の両親はどうして雨を産んだのだろう。名前さえもそんな適当に決められた雨を。


「別に望まれて産まれたわけじゃないの。私が作られたのはただの経験、子を産む経験。子を作る経験が欲しかっただけ。暮らすのに不自由のないお金だけを貰っているけど、そんなものよ」


 そんなの可哀想過ぎる。私は反論の言葉を上げようと思った。


「そんなわけ……」


 でも、ないと言い切れなかった。雨の両親は私が思っているように、仕事などには優秀な人たちなのかもしれない。だけど、人の親となるには余りにも欠点がありすぎる。
 人の親になるべきじゃない人だ。


「死のうと思っていた時、私は奏に会えて良かった。小さな貴女は私を怖がらずに優しく接してくれた。貴女と貴女のくれたこの傘に私は救われたの」
「私が……雨を救った」


 信じられない、私が雨を救ったなんて。
 たった一日、たった数分の出来事で。私は彼女を救っていた。
 それからも身の上を話してくれる。


 雨は普通の子と違うとは思っていたけど、それは予想以上で驚きを隠せなかった。
 海外へと戻った雨は親についていくことを辞め、中学を卒業しないまま高校、大学へと飛び級を繰り返し卒業。
 そして十四歳の頃、日本へと戻って来たそうだ。
 それはなぜか。