無表情の顔。
 いつもの顔で彼女は私を見つめてくる。その赤い眼で、じっと。


「雨……あ……めっ!」


 地面を蹴り、私は彼女までの距離を一気に詰めるとその体を両手で抱きしめた。


「その傘、大事に持っていてくれたんだね。私の傘、雨はずっと……」
「奏……」
「それなのに私は忘れてた、ずっと忘れたままだった。嫌なことがたくさん起こって、辛い日々が続いて、眠れば嫌なことをすべて忘れられるって……でも大切なことも忘れてた」


 涙と言葉が溢れ出てくる。
 自分への苛立ちからか、思い出して嬉しいからか、もう感情がごちゃまぜになってわからない。
 ちゃんと伝えなきゃいけない。
 私は一歩も進めてないまま、何も変われていない。雨と出会った日から、子どものままだ。


「私、雨のことをちゃんと知りたい。ううん、わかりたいの。だから……教えてほしい、雨のことを、雨の口から」


 これだけで良かったのかもしれない。どうして私はこの一歩を踏み出せなかったんだろう。
 知って、想って、わかって、仲良くなって、そして最後には傷つく。きっと、それが嫌だった。でも、雨は私を見捨てたりしなくて、ずっと私のことを見ていてくれた。
 幼い頃、出会った日からずっと。
 彼女が抱いている黄色い傘がその証拠なのだから。


「わかったわ、話しましょう。奏が満足するまで」


 雨は優しく私の耳元で、私の望んでいた言葉を囁いてくれる。
 迷惑しかかけていないはずなのに、赤い眼を持った女の子はいつでも私に優しかった。


 屋敷に戻り、ゆっくりとした時間の中、雨はいろいろなことを話してくれた。
 総一朗さんから聞いたように、親とはほとんど会ったことがないということ。それなのにどうして、親と海外を転々としていたのかということも。
 それは雨が少しだけ大きくなってからのことだ。たとえ一緒の飛行機に乗ろうが、雨が家に帰ろうが、彼女のすぐ側に両親がいることはなかった。多忙な人たちだとは聞いていたけど、顔を合わせることすらまれだったなんて。
 親代わりになる人もおらず、行く先々で変わるベビーシッターや家庭教師。無表情で赤い眼を持った彼女は不気味と言われ、可愛がられることもなく幼少時代を暮らしていたみたい。
 それでも親が行く場所には着いていった。ううん、親の都合で雨は振り回されていただけ。親は親で、子は親を選べないのだ。
 そして、たまたま日本に帰ってきた時の話。