渋らないのは、聞かれた場合は答えろと雨に言われているからかもしれない。ううん、きっとそう。じゃないと、主人……ではないかもしれないけど、雨のことをベラベラと喋るわけがない。
 今はそれに感謝する。


「夢を見たんです。ずっと昔の。そこで昔、雨と会ったことを思い出した。それと同時に疑問が一つ浮かび上がったんです」


 そう、何も変わらない。あの頃から変わらないもの、それは。


「雨がいつも無表情なのには、何か訳があるのですか?」


 総一朗さんの足のスピートが少しだけ遅くなる。すぐに返答は戻ってこなかった。
 私は彼の背から下ろしてもらい一緒に歩き始めると、ゆっくり彼は口を開いてくれる。


「お嬢様は旦那様と奥様にほとんど会ったことがないのです」
「え……?」


 それはおかしい。雨は確かに両親と共に海外を転々としていたと言っていた。だから、それはありえない話だ。


「旦那様や奥様はお嬢様よりも仕事を優先する方でした。お嬢様は日本で産まれすぐベビーシッターへと預けられ、その過程で育っていかれました」
「親と離れ離れで……」
「医師の話によると一番愛情が必要だった時期に親の愛を知ることができず、感情を表すことが困難になったと」


 ようやく雨の無表情の謎が解ける。
 そっか、そうなんだ。雨は私と正反対の子どもの頃を送っていたんだ。


「でも、両親とほとんど顔を合わせたことがないっていうのは――」
「お話はこれにて失礼、お嬢様がお待ちです」


 視線を前へと向けるとそこは既に宮之城のお屋敷、その玄関の前で雨が待っていた。ボロボロの黄色い傘を抱きかかえて。


「雨……」


 門を潜り、私は彼女へと歩み寄る。


 真っ暗な花壇に花は見えない。そう――最初から咲いてなんていなかったのだから。