「お、驚いたけど……大丈夫だよ。すぐ離してくれたし」
「ごめんなさい。総一朗には伝えていたから……奏が来るとは思わなくて」
「そ、そうなんだ……雨については何も言われなかったな……」
「そう……総一朗にはよく言い聞かせておくわ。ごめんなさい、先に上がるわね」


 そういって、私に頭を下げると雨はそのまま脱衣所の方へ向かっていくが、


「ちょっと待って」


 私は何を思ったのか、彼女を引き止めてしまった。
 彼女は極力私の方を見ないようにしていて、背中を向けたまま立ち止まる。


「何?」


 なぜ、引き止めたのか自分でもわからない。
 私は後ろ姿の彼女、腰まで伸びる長い黒髪を目に映す。
 雨の髪の毛はまだ濡れていない。恐らく、お風呂に入ってからそう時間が経ってないんだ。
 でも、だからといって一緒に入るのは違う気もする。仲がいいとは言っても、今までもお風呂は別々に入っていたのだ。
 普通、十六歳にもなれば家庭のお風呂に友達同士で入ったりなんてしない。つまり、この状況は私の知る一般的な常識から逸脱している。
 それなのに私は――


「……せっかくこんな大きなお風呂だしさ、一緒に入ろうよ」


 我ながら馬鹿な解答、何を間違えればこういう考えに至るのか。きっと、雨なら断ってくれるだろう。


「その申し出は嬉しいけど、遠慮しておくわ」


 想像通り、そう言ってくれた。これならば諦めがつく。


「どうして? 雨、まだ髪の毛濡れてないよ?」


 どうして? その言葉は私が私に聞きたいくらいだ。それなのに口は止まらなかった、普段の私ならとっくに諦めているはずなのに。
 それにこの質問はとても意地悪だ、上がると言っている雨に返答のしようがあるはずもない。
 少しの沈黙の後、やはり雨は返答に答えることができず言葉を濁す。


「奏、今の貴女はおかしいわ。女性ならばもっと慎むべき」
「そう……だけど」


 ああ、そうか。私はきっと雨と――


「そうだけど、私……多分、雨ともっとお話がしたいの」


 言葉が止まらない理由はそこにあったんだ。
 昔から裸と裸の付き合いなんていう言葉がある。それに乗っかるわけではないが、恐らくそれみたいなものだ。


「……勝手になさい」