家に帰りついた私はテーブルで向かい合った雨に、今日の鬱憤のすべてを聞いてもらった。
 とは言っても帰宅した私の様子がおかしいことに気がついてくれたのか、この話が始まったのは雨が聞いてきてくれたからだ。


「そんなことがあったのね」
「もう本当に嫌になるよ……気まぐれで抽選券を渡した私も悪いけど、そんな態度はなくない?」
「そうね……でも、見ず知らずの人にそんなことができるなんて奏は優しいわ」


 雨から言われて気がつく。
 相手は知らない親子、普通なら関与したいとは思わなかった。ただ渡したのは、その叫び声が鬱陶しかっただけ。彼女が言うように私は優しい人間なんかではない。
 ……黙らせるついでにいいことをした気になって、それをした自分に優越感を抱きたいだけじゃないの?
 急にそう思ってしまって、私は口を噤んでしまう。


「そう考え込まないで。貴女は悪いことをしたわけではない、そんなことで苛まれる必要はないわ」


 ああ、雨は言わなくても私のことを本当にわかってくれている。ああいう人を見ると、この世界は本当に汚いなって思ってしまうけど、雨だけは綺麗なままでいてくれる。
 それが心地よくて、余計彼女に甘えてしまう。


「話を変えましょうか、甘いココアを用意するわ」
「あ、うん……ありがと。でも、手は大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。これくらいはさせて頂戴」
「そういうことなら……うん、お願い」


 仕方なしに私は相槌を打つと、雨は椅子から立ち上がりキッチンの方へと向かっていく。私もそれを目で追いながら、今日のことをもう一度考える。
 小学校低学年の男の子、随分とわがままな子だったし、礼儀も知らない感じだった。でもそれは仕方ないことなのかもしれない。


 私はどうだったんだろう?
 友達が多かったのは覚えているけど、それ以外はあまり覚えていない。ただ毎日が明るくて、楽しくて、その繰り返しだった気もする。
 彼女は……雨はどうだったんだろう?
 聞いて、みたいな。