確かに私は帰るのが遅くなった。床からは既にコップの破片は片付けられている。
 もし私が帰宅した時、破片が片付けられてなかったとする。私が片付けると言ったことを忘れ、うっかり踏んでしまったら怪我をすることになるだろう。
 だから雨が片付けたのは危険を予知した上でなら納得がいく。そもそも、逆の立場だったとしたら私だってやるはずだ。


 だけど、私がすると言ったことに対して雨は極力手を出したりすることはない。
 普通なら割ったコップをすぐに片付けるのは当たり前の行動。けれど、なんとなく私は彼女に対して違和感を覚えたのだ。そして、この違和感はきっと嘘じゃない。その証拠に微かに血の匂いがしていた。


「雨、怪我はしてないって言ったよね?」
「ええ、していないと言ったわ」
「どうして割れた破片を片付けたの?」
「奏、その話は二度目よ」


 そう、雨の言う通りこの話は二度目。数分前にも同じ会話をしている。


「わかってる。でも、私がやるって言ってたでしょ」
「そうね。でも、そのままにしておくと危ないから」
「っ――じゃあ、そのコップの破片はどこにやったの!」


 ここで会話が途切れる。一度目と同じだ……。
 一度目はもう少し穏やかな声だったけど、堂々巡りに付き合ってる内に少しだけ強い口調になってしまった。


 赤い眼は背けず、私の瞳を真っ直ぐ見てくれてはいるが、両腕を後ろに回したままそれ以上の言葉を紡ぐことはない。彼女が言葉を返せないなんてことはないはずなのに、どうしてか今日はここで会話が途切れるのだ。もう一度、最初から聞き直しても同じことの繰り返しだろう。
 だから、私は言葉を変えることにした。