なんて言ったけど、ここまで顔を覚えられてしまったんだ。もうこのお店に行くのはやめよう。
 私は自動ドアを潜り、振り返らなかった。
 店員さんには悪気なんてないだろうけど、覚えられるのはなんとなく嫌。今度行けばまた話しかけられるだろうし、買うものもない。もう、行く必要もない。


 九時だというのにこの街は明るく、車の通りも多い。だけど、かなり遅くなったのは事実。今頃、雨は心配しているかな?
 電話をかけようと横断歩道の前で立ち止まると、スマホを取り出し彼女へ向けて発信。
 すぐにコール音が鳴り響くと、プツと音が途切れ、声が聞こえ始める。


『もしもし』
「雨? 遅くなってごめんね、今帰ってる」
『そう、少し遅かったから心配してた。迎えは必要?』
「ううん、大丈夫。歩いて帰れるよ。雨もゆっくりしてて」


 そう言った途端、パリィィンと電話口から何かの割れる音が聞こえた。


「雨⁉」
『ごめんなさい。どうも手を滑らせたらしくて、またコップを割ってしまった』


 おかしい、この頃の雨はどうしたんだろう?
 最初にコップを割ってからこれで五度目だ。私が知らないだけで、本当はもう少し多いかもしれないけど……いや、それより。


「怪我はしてない? 大丈夫?」
『大丈夫よ。今日はしてないわ』
「よかった……もう雨、しっかりしてよ。雨が傷つくの見たくないんだから」
『ええ、気をつけるわ。それじゃ、また後で』
「……雨!」


 私は電話口で叫び、彼女を呼び止める。