「雨、どうして……」


 ここからじゃ、彼女には聞こえない。
 私は後ろを向いたままの彼女へと歩み寄り、もう一度声をかけた。


「雨!」


 その声に少し遅れ、彼女はゆっくりと振り向いてくれる。その顔はいつも通りの無表情、そして赤い眼で私を見据えていた。


「どうして……心配しないでって言ったのに」
「そうだったわね」


 感情が読み取れない。
 淡々とした声だけじゃわからない、彼女の気持ちは。
 言葉を詰まらせないよう、疑問に思ったことを聞いてみる。


「……雨が取り調べを止めるように言ったの?」
「……ええ」
「そう、なんだ……」


 ああ、そうなんだ。また私は迷惑をかけてしまった。
 でも、なぜ。相手は警察だと言うのに、どうして雨にはそんなことできるのか不思議でたまらなかった。
 雨のことは未だに知らないことだらけ、知っているのはお金持ちなんだということ。
 ずっと、なんとなくだけど聞いちゃいけない気がしていた。
 そう、聞いちゃいけない。聞いちゃいけないんだよ。


「……雨」


 聞かないつもりでいたのに。聞いてはいけないんじゃないかと思っていたのに。
 でも、私にはもうその言葉を止めることができなかった。


 知りたい。


 震える唇、その奥から雨へとそれを投げかけた。


「……貴女はいったい、何者なの?」


 口は災いの元というけれど、口に出さないと伝わらないなんてことはたくさんある。
 きっと私は、彼女のことをもっと知らなくちゃいけないんだ。