「……じゃあさ、もう少しだけ甘えていいのかな。このまま雨の家に住んでてもいい?」


 先程の言葉を頭からかき消すように、私は彼女へと話しかける。


「ええ、奏が望むのなら」


 雨の口調は変わらない。無機質だけど、どこか優しい想いが伝わってくる言葉。
 彼女の優しさに甘えたくない。けど、優しい言葉をかけられてしまうと泣いてしまいそうになる。誰にも優しくされなかった、辛かった時期の記憶はそんな簡単には消えない。消えるはずがないんだ。


「……雨」


 私は一言、彼女の名前を呼ぶと人目もはばからず彼女に抱きついた。
 誰かにこんなことするのは初めてだけど、雨の『わからない』という言葉が頭から消えない。それを考えてしまったら、どうしてかこうしたくなってしまった。
 行き交う人々の誰に見られても構わない。精一杯、甘えるように抱きつく。
 こんな不器用な私を彼女は嫌がりもせず、優しく頭を撫でてくれた。


 あれ、おかしいな。雨の『わからない』の理由で抱きついたはずなのに、なんだか私が甘えているような気がする。


 甘えたくないと考えてたはずなのにこうやって甘えてしまって。
 その上、目的が変わってしまっている。自分でも矛盾することばかりだ。
 どれもこれも雨の包容力のせいだろう。彼女といると、なんだかすごく安心してしまう。


「……奏はまだまだ子どもね」
「私を甘えさせてるのは、雨でしょ……。でもきっと大人になったら、今度は私が胸を貸してあげる。その時はありがたく思って」