「少しだけ待っててね」
「ええ」


 少女の頭に触れる。
 髪はさらさらで私に撫でられた影響か、赤い眼の奥では嬉しそうにしている感じがした。
 辛いはずなのに、その顔はいつもと変わらない無表情のまま、辛くないのかと思ってしまうくらい。


 いや、違う。
 私はその考えを拭い去るように、軽く首を横へ振った。
 違う、そんなわけがない。
 辛くないわけがないんだ、……今はとにかく急がなきゃ。


 そう、今の私は彼女のことを最優先に考えなければいけないのだから。


「行ってくるね」


 そう言って立ち上がり部屋を後にしようと扉へ手をかけ、そのままリビングへ。
 そして振り返り、扉を締める際のわずかな時間、私と雨の視線が交わる。


 後ろ髪を引かれる思い。
 声を掛けられたら良かったのだけど、今はその時間すらも惜しい。


 病気の時、一人だと心細かったという経験が私にはある。あの時、私は無理やり雨を学校へ行かせたけど、内心では心細かった。
 雨が寂しく思ってくれているかまではわからないけど、今は急がないと。


 玄関へ向かい、足を靴にいれる。つま先で地面を蹴り、外へと続く扉を開けた。
 ジリジリと照りつける太陽、空調の効いた屋内と外の気温の差に目眩を起こしそうになる。
 だけど、この程度の暑さくらいなんてことはない。自分の中にある彼女を心配する気持ちが背中を押してくれる。


 閉じられた扉に鍵を掛けて一言、


「行ってきます」


 彼女へ告げると私は蝉の鳴く声の中、街へと駆け出していった。