「そんなに走ってどこ行こうってんだ...?...まさか、家事をサボったってんじゃねぇだろうなぁ...??」

 走って上がった息も、温かくなった体温も、血の気とともに一瞬で引く。
 今一番会いたくない、会ってはならない奴と会ってしまった。
 どうしよう。死にたくない。逃げなきゃ。
 そんな言葉しか頭に浮かばない。
 無理やり手を振りほどいて逃げることもできるかもしれないが、逃げれたところで追いつかれて何故逃げたかを問われるだろう。
 そこで正直に「食器棚倒しました」などと言えるわけがない。正直になったとしても、逃げようとしたことは変わらない。
 私は改めて絶望した。逃げるための道をちゃんと選べばよかった。後悔した。
 ...いや、この男についていった時から、もう後悔をするべきだったのではないか。何を今更。
 何も考えることができない。この状況を打開する方法を考えなくてはならないのに、頭が働かない。

「何か言え!!!」

 頬をぶたれる。しかし、私の頭の中は白いままだ。

「チッ...!来い!!」

 腕を強引に引っ張られる。恐らく、家に戻るのだろう。
 待ってくれ、家に戻ったら駄目だ。バレてしまう。