運命の一夜を越えて

「あれがしたいとかこれが欲しいとか、あの子は何もわがままを言ったことがないんだよ。結局言わないままに、妻が病気になって、余計に何も言わずに家のことや妻の看病を引き受けさせてしまった。」
知らない渉の姿だ。
「あの子は誰よりも気が利いて、言葉の背景にある何かを知ろうとする力がある。察することに関しては医者の私よりもはるかにたけてる。でも、その分相手の状況や気持ちを考えすぎて、わがままを言わない子から、言えない子になってしまった。」
渉が無条件にくれる優しさの背景にはそんな幼少期があったからだったのかと知り、心がちくんと痛む。

「だから、彩さんにはあいつを時々でいいから甘やかしてやってほしいんだ。あれがしたいとか、これがほしいとか、わがままが言えるような存在になってほしい。」
思えば渉が私にこうしたいとか、わがままを言うことはない。
いつだって自分の考えを押し付けることはしない。私の話を聞いて同意してくれたり、いくつかの選択肢から私が選ぶようにして、渉自身は決定打は出さない。
それか、私をよく知っている渉は、私が選ぶほうを見越してそっちを選ぶ。

「何が何でも譲れないようなものの存在に出会ってくれることが私の願いだ。」
お父さんがそう言ったところで渉が大きな箱を抱えながら倉庫から戻ってきた。