運命の一夜を越えて

「あぁ。うちの近所には大きな病院なんてなくてさ、緩和ケアをしてくれるような場所はなかったんだ。だから父親が母を診てた。週に何度か入浴とか買い物のサービスは受けてたけど、それ以外は俺と親父で母さんをみてたんだ。」
「・・・そう」
それがどれだけ過酷なことなのか私にはわかる。

「髪を洗って乾かすのは俺の仕事。あとは家のこと。」
「そう・・・」
大変だったでしょうと私が言いかけた時、渉は嬉しそうに微笑みながら言った。
「全然大変じゃなかった。」
「え?」
「俺の両親は二人で病院やっててさ、本当に毎日忙しくて、家になんてほとんどいなかったんだ。俺の誕生日の日も、途中で呼び出されて結局ひとりでロウソク消したことだって何回もあった。」
「・・・」
「だからさ、母さんの病気は嫌だったけど、それでも母さんががんになってからは家族の時間が人生の中で一番たくさんあったんだ。ただいまって家に帰ると母さんがおかえりって迎えてくれる。悲しいこともいっぱいあったのにさ、今となって思い出すのはあったかい思いでばっかりなんだ。不思議だよな。」
「・・・」
髪を乾かしてくれている渉を鏡越しに見る。