真琴は蒼人の言葉を聞きながら、これが夢なのか現実なのかわからなくなっていた。
目の前の兄が自分を愛していると真摯(しんし)な眼差しで告げ、この家から攫おうとしてくれている。
高鳴る胸は呼吸を浅くさせ、薄く開いた口の中はカラカラに乾いている。
反対に瞳から溢れる涙は一向に止まる気配を見せずに、はらはらと流れ落ち続けた。
「日本の大学でどうしても勉強したい分野があるなら無理にすぐに来いとは言わない。でも」
「行く…っ!」
「まこ」
「あおくんに…、あおくんとっ、一緒、行く……」
「父さんに聞いた。まこが図書館司書を目指してるって」
急に父の話になり、驚きに涙でいっぱいの目を見開く。
「お父さん、が…?」
「応援するって言ってた。好きなことをしたらいいって」
「そんな、…そんなこと、私には、一言も……」
疎まれているのだと思っていた。
期待に応えられない娘だと、匙を投げられたのだと思っていた。
父が買ってくれた学業成就のお守りが脳裏をよぎる。
「色々下手過ぎなんだよ、父さんも母さんも」
「……」
「まこのこと、ちゃんと思ってる」
今まで息苦しいだけだった両親との記憶。
厳しく躾けられ、常に蒼人と比較され、期待以上のことが出来なければため息をつかれてばかりいた。
きっとそれらが全て愛情からくるものではない。
そんな風に思える程、真琴は楽観的な子供でも寛容な大人でもなかった。



