忘れていい思い出が、あるはずがない。
でも、雪の言うことにも一理あるのかもしれない。つまり、私がこのまま何もしなければ、夢の世界がずっと続く。帰れなくなってしまう。
「みんな……」
「どしたの?優奈ちゃん」
「い、いや。何でもないよ」
そのとき、インターホンが鳴った。今度は誰だろう…。
「すみません、道に迷ってしまって…って、あれ?優奈ちゃん?」
「夏海さん!」
「よっ、久しぶり」
「悠里さんも…どうして?」
口実であることは口調からして分かった。
「助けに来た」
「私たち、ずっとあなたのことを見てたの」
「え?」
「こっちに来てくれる?」

私を見ていた?
「優奈ちゃん、この前お花を取りに来たの覚えてるか?」
「は、はい」
「あのお花の花言葉は『思い出』。その人の思い出を、留めていてくれるって言われるお花なの」
思い出を留める…そんなお花が。たしか、ユーカリだっけ。
「優奈ちゃんの意思で、なるべく早く決めてほしい」
「え?」
「誰かさんから聞いたかもしれないけれど、ここは作られた世界。それに、幸せな夢がいっぱい詰まってるから、亡くなった人々の格好の餌なの」
死んだ人たちが、この世界に…?どういうことだろう。あまり掴めないような。
「死んだやつらは、生きてるやつらの『夢』や『希望』とか、明るい感情を食っていってるんだ。そうでもしないと、次の『生』がもらえないからだと」
死んでもなおあがき続けなきゃいけないこの世界は、どこに行っても厳しいらしい。でも、ひとつ気になることがある。
「ひとつ、聞かせてください。私はなんでこの場所に?それに、ここが夢なら、私はいったい…」
「うーん…優奈ちゃん、瞳の色は…紺色ね。なるほど」
「なにか…?」
「この村の神主さんと同じ色だわ」
そういえば、あの大柄な男の人も同じ目の色をしていたっけ。初めて会ったときは、とても怖かった覚えがある。
「門堂の神主さんと同じ血筋を持ってる人は、願いが叶わないの」
「えっ?」
「優奈ちゃん、目の色紺色だろ?神主さんも紺色なんだ。紺色の目は、ひとつの血筋しかありえない」
「ひとつの…」
「大神『アマテラス』の血を引くひとしか、紺色にはならないの」
アマテラスって、たしか咲也が話してた神話に出てきた神様…でも、待って。私はただの一般人でしかないのに、なんでそんな大そうな言葉が出てくるんだろう。
「そこは、神話を読んだらなんとなく分かるかもな」
「私たちじゃ、何を書いてあるかさえ分からないわ」
「…」
やってみるしかないらしい。物は試しかな。
「どうするか決めたら、明日、私のところへ来てね。あなたを元の世界に返してあげる」
「じゃあな。ゆっくり考えてくれよ
「あ、ありがとうございます」
…そんな大事な役が私にあったなんてね。