そして17歳の今、やむを得ず昼間に外出した私は不運にも役人に見つかり散々追い回された挙句、赤い頭巾が飛ばされた。
 「美しい髪だ」
 その声に振り返ると、役人がいた。
 人がひとり通れるギリギリの狭い路地のため進むしかない。
 思わず舌打ちをして走り出そうとすると腕を掴まれた。
 『離せ』
 そう言おうとすると口を手でふさがれる。
 遠くから足音も聞こえ、逃げようと必死にもがくが男の力に女である私の力は敵うわけがない。
 『殺される』
 そう思った瞬間、役人の来ていたコートをかぶせられ、背負われた。
 「僕がいいと言うまで声を上げずにじっとしていろ」
 そう言うとそのまま歩き出した。
 仕方がなく指示に従う。
 「セイ、そっちにいたか」
 別の役人の声がする。
 きっと私を探し回っているのだろう。
 「いえ、いませんでした」
 驚いて思わず声が漏れそうになるのをぐっと飲み込む。
 「そうか。その背負っているのは……?」
 「ああ、この方は酔いつぶれて寝てしまっていたので今から交番に連れて行くんです」
 どうしてこの人は異端者だと報告しないのだろう。
 「わかった。そのうち応援も来るしお前はそのまま上がっていいぞ」
 「わかりました」
 そう言って再び歩き出す。
 なんで……役人ではないのか?
 数十分歩いたところで私を扉の前に降ろし、扉を開けた。
 中は大きめの本棚を筆頭に暖炉、ソファ、サイドテーブルといったいかにも本好きの部屋という感じだった。
 この人の家……?
 「入って」
 背中を押されて部屋に入れられる。
 役人は扉を閉めるとキッチンに向かい、マグカップを二つ用意すると、コーヒーを入れた。
 「どうして役人であるはずのあなたは異端者である私を殺さないんですか?」
 「とりあえず座って」
 私の問いの答えになっていないその言葉に思わず舌打ちをする。
 そんな私を横目にソファに腰かけた彼は自分の隣をトントンと叩く。
 ここに座れ、ということだろう。
 冗談じゃない。
 「隣じゃなくていいから座ってよ」
 『でないと答えない』
 そう言いたげな彼の目に負けて渋々と正面に座る。
 満足げに笑った彼は私の前にマグカップを置くと、自分もコーヒーを一口すすった。
 「はじめまして、僕はセイ。セイ・モゼット。この街の役人をしている。さっきは驚かせてごめんね」
 そう言って再びコーヒーをすすった。 
 「キミの事はよく知っているよ、アル・ロノア。この街で随分と長く逃げ回っている異端者だよね」
 「……知っていてなお、殺さないのはなぜですか?」
 「キミの髪が綺麗だったからだよ」
 「はぁ?」
 思わず間抜けな声が出る。
 すると彼は笑い出した。
 思わず顔をしかめる。
 「ごめんごめん、キミもそんな声出すんだなと思ってね」
 あー笑った笑った、と座りなおす。
 「さっきの理由も本当だよ。だけど一番の理由は僕の目と同じ色なのに異端者と呼ばれ、殺すのは嫌でね」
 確かに彼の目は金色だった。
 でも、彼は普通で私は異端者だ。
 なぜ、なぜ彼は普通で私は異端者なのだろう
 「この街は理不尽ですね」
 「同感だ」
 短く返事をするとコーヒーをすすった。
 「キミの家は他の役人によって壊されていると思うよ。もっとも、ターゲットであるキミはここにいるわけだけど」
 「そうですか」
 数日前から何度か役人を見かけていたし、近々殺しに来るだろうと思っていたので驚きはしなかった。
 「その様子だと勘づいていたみたいだね」
 「まあ住むところがなくなるだけですし、思い入れもないので」
 「ならここに住めばいい」
 予想外の提案にリアクションが遅れる。
 「私があなたと住むメリットはありますか?」
 「僕は役人だ。他の人はまさか僕が異端者をかくまっているとは思わないだろうし昼間は僕は勤務でいない。キミにとっても良い隠れ家になると思うけど」
 確かに悪くない。
 だけど、私が殺されないという絶対の安心はない。
 「ちなみに勤務時間外の殺しは普通の人殺しと同じように罪に問われる。今ここでキミを殺せば僕は立派な人殺しだ」 
 ならば日常生活においてこの人に殺されることはないだろう。
 「僕がキミを隠す代わりにキミには基本的な家事をお願いしたい。悪くない条件だと思うけどどうかな」
 住んでいた小屋よりも断然環境はいいし、昼間も彼がいないなら殺される心配はない。
 何よりも彼は役人だ。
 役人が異端者と暮らしているとはだれも思わないだろう。
 「そうですね。悪くないです」
 「交渉成立だ」
 満足げに笑った彼の目は美しかった。