月曜の朝から大きなあくびをした由香に気づいたスタッフが笑った。
「お疲れですか?」
「二十代の頃とやっぱり違って体力が」
疲れた顔で由香が言うと、さらに年上の先輩ドクターが「嫌味だな」と笑った。
週の初めこそエネルギーたっぷりに体調を整えておきたいものだが、久々の東京出張が響いて体は少し疲れ気味だった。今週は当直もあるし週末は夜まで予定がある。なんとか乗り切りたい。
少し疲れを引きずっているような気がしたが、だいたいケーシーに着替えると仕事モードに入る。この仕事に適当は許されない。たとえ出張で疲れていても、家族が病気になっても、何があっても、だ。
全力で取り組んで、週末はしっかり休もう。そう、おいしいものを食べる約束をしているのだ。由香はもう一度髪の毛をきつくまとめて診察室に入った。
週末の夜、待ち合わせの店で前田くんはすでにビールのジョッキをほとんど空にしてカウンター越しにスタッフと会話を楽しんでいた。
由香に気づくと彼はああ、先にいただいていたよ、というように笑った。
「何杯目?」
「まだ一杯目だよ」
知り合ってまだ一か月程度だというのに、すっかり打ち解けた二人はそんなやりとりをして互いに笑った。新しいビールをもらって、改めて乾杯をする。一週間の仕事をやり遂げて気持ちよく迎えた週末。頑張ってよかった、と思う。
待ち合わせのお店は、あたたかみのある照明で落ち着いた雰囲気ながらも気軽に入れる割烹だった。お通しの小鉢ひとついただいても、他の料理に期待が膨らむ。
「私よりこの辺りの素敵なお店を知っているわ。私は基本的に家に帰っちゃうから」
由香が言うと、自分のセレクトを褒められた前田くんは嬉しそうにした。
「それはそれで素敵なことだと思うよ。でも飲み歩くのもね、なかなか楽しいよ。それこそ東京とは違うけど、探そうと思えば楽しめる場所はいくらでもあるから」
「さすが、あちこち転校したというだけあるわね。それこそ、誰とでも仲良くなって、離島でもどこでも楽しみを見つけられそう」
彼の生い立ちや父親の話を思い出して由香が言うと、前田くんは笑った。
「さすがに無人島は無理かも。誰かいてくれないと友達も仕事もできないから」
そんな会話をカウンター越しで話を聞いていたスタッフの男性も一緒になって笑った。
それからもう1軒、いいお店があると言うので飲みに行くことにした。
ビル高層階にあるバーは、深夜まで営業していて静かな夜の景色がきれいだという。
バーテンダーの男性は自分たちよりずっと年上だったがサービス精神が旺盛で、リクエストがあればメニューにないカクテルもご用意しますよ、と言ってくれた。
「いいお店ね。眺めもきれいだし、お酒もたくさんあって、雰囲気もよくて」
知らなかった、地元にこんなお店があったなんて。
由香が言うと彼はまた嬉しそうに笑った。探せば絶対あるんだよ、と言って。
探せば絶対にある、という言葉は、いつだったかの思い出の交響曲の詩を思い出す。
星々の上に、神様は必ずいる。いたらいいなと祈りに似た気持ちで思う。



